 浪花講・真誠講看板
旅人宿(浪花講)荷物取扱所(真誠講)の看板で、建物の軒下に掲示して、旅人の目につく用にした。 [江戸時代末期〜大正時代/31.5×1087×126] |
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 陣羽織
背に九曜紋、襟には龍を図様化した金糸刺繍がある。生地は薄ラシャで痛みもほとんど無いことから、仙台藩上級武士が儀礼用に用いたものと思われる。 [江戸時代末] |
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 道中合羽
江戸時代、庶民の旅の必需品として合羽があった。これは、防雨防寒を兼ねた襟仕立の丸合羽。生地は木綿で、表地は格子縞で裏地は黒である。 [江戸時代末] |
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宿札
大名が宿泊している事を明示するための看板で、現代の旅館の「○○様御一行」といったもの。写真は、秋元但馬守の宿泊を示した宿札である。 [明和4年(1767年)〜弘化2年(1845年)/24×100cm] |
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 山田音羽子の お国替絵巻
山形藩主の秋元志朝が弘化2年館林移封の時、家臣山田秀信の妻音羽子が館林までの絵入り道中記を残した。当時の七ヶ宿街道を知る好箇の資料である。 [江戸時代末(弘化2年)] |
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 参勤交代に関わる 展示品
江戸時代に肝入・検断を務めた裕福な旧家で、藩の役人などを接待した時に用いた膳碗一組。膳は家紋入りで縁が金、碗も黒塗りで、ふたには鶴の金蒔絵。 [江戸時代末] |
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 講中旗
出羽三山のひとつ湯殿山詣りの福島講中世話人米沢屋が、道中持ち歩いた目印の旗である。三百人講、千人講などで七ヶ宿街道は賑わった。 [江戸時代末] |
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