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展示に向かって右から、古山先生の手書きの原稿があります。その上のガラスに先生の略歴を掲載、また上方には写真を掲げていますので、照らし合わせてご覧ください。原稿ケースの左手から先生の作品が書かれた順に書見棚の上にのせて展示しております。 |
私の父の故郷は、今は湖底に沈んでしまった七ヶ宿町渡瀬ですが、父の故郷は私の故郷であるというか、というと、そういってもいいと思いますが、すんなりとそうとはいえない気持ちもあります。というのは、私は、当時父がそこで病院を開いていた、今の北朝鮮で生まれたからです。 では、自分が生まれた北朝鮮を故郷と言えるかと言えば、これもそうとは言えません。 私が生まれた北朝鮮の町には、今は私の生家だけでなく、昔の町は根こそぎなくなり、知り人とておりません。そんなところが故郷と言えるわけはなく、以前私は、故郷なき者の思いを書いたことがありますが、それを読んだ親類から、あなたには七ヶ宿というレッキとした故郷があるじゃありませんか、と言われました。 以来、七ヶ宿は、わが家の故郷だから、私の故郷だと思っていますが、渡瀬宿は湖底に消え、遺された宿場も街道も、かなり様子が変わりました。しかし、ここには故郷の人がいる。私の格別の地です。 |

古山高麗雄先生の言葉から
故郷は、絶えず人々のよりどころとして
心の中で生き続ける。
それは、離れてみて始めて知る
温もりかも知れない…。
そして故郷に何年住み続けたか、
という時間軸の長さだけで、
故郷を感じるのではない。
古山高麗雄の文学が、
父の思いが眠るここ七ヶ宿に帰ってきた…。
彼が歩んできた人生の中から生まれてきた、
数々の物語り。
その肉筆の原稿からは、
書籍とはまた異なった勢いが
伝わってきそうだ。
珠玉の言葉が繰りなす、様々な世界。
時を忘れて、彼の懐に心を委ねると
自分の時間がゆったりと流れているようだ。